記憶と名雪
2003年10月4日 さてと。
仕事が終わりました。
今日はひさしぶりに時間に余裕があるので、なんか文章を書いてから帰ることにします。
「魔探偵ロキ」なんか購入。本屋にいっぱい並んでたから。そんだけ。すっかりハヤリモノにも疎くなってるからねえ。なんとなく表紙に目をひかれた。しいていえばそれが購入理由。おもしろいかどうかはまだ読んでないから知らない。
どうも仕事がやけに忙しく、しかもかなり本気にならなければどうにもならない状況のため、かなり神経がささくれ立っているもよう。こうなると現実しか見えない。さっきまではまちがいなく夢の世界に立っていたのが、あとで思い出そうとすると、あとかたもなく消えている。
現実とフィクションをきっぱり分けようとする俺の精神の構造は昔から変わらない。なんか一種の二重人格みたいだ、現実をみている俺は夢をみることを知らず、夢をみている俺は、現実をみることを決してしない。ほんとはこれが融合されてより高次の人格みたいなのになったとき、俺という人間は完成するのかもしれんけど、そうなったら、なんかいろいろなものが終わりそうな気がする。
なんか寝てた。
妄想と夢の中間のような景色を見ていた。
いつか写真で見た、宮古島の景色のなかを歩いていた。さとうきび畑のなかをうねるように続く白っぽい土の道のうえを、なにかを探しながら歩いている。太陽が強烈に照りつけ道を焼く。そして俺をも焼く。
その風景を俺は俯瞰していた。
いや、単にそれだけ。
なんか沖縄が好きなんです。行ったこともないし、飛行機は苦手だし、船もあまり長時間乗っているとえらい気持ち悪くなるので、沖縄に行くことが難しい。
馬鹿みたいに青い空と、海。三線の音。ノロ。御獄。
そんなありきたりのイメージで俺のなかの沖縄像はできあがっている。たぶん、実際に行って確かめることはない、そのイメージを俺は愛する。
だらだらと書き続けます。
昔「PSY・S」というユニットがありまして、その片割れの松浦雅也という人が書いていたエッセイのなかで、いまでも俺の記憶に残っている言葉がある。
その文章が書かれた当時「ブルガリアン・ヴォイス」と呼ばれていた音楽がたいそう流行だった。ポップス畑の人でもその複雑な和音やリズムを要素として取り入れる人がけっこう多かったんですが、それに関して、松浦雅也はこう言っていた。
「実際にブルガリアン・ヴォイスと共演した作品の多くは、ほとんど失敗に終わっている。純粋に自分のイマジネーションのなかで、ブルガリアン・ヴォイスというものを捉えて、自分の作品のなかで再構築した人の作品こそが素晴らしい」
たぶん大意はあってると思います。
で俺は、ああ、なるほど、と思った。
ブルガリアン・ヴォイスというのは、もともとはブルガリアの農民が歌っていた民謡で、それを19世紀の終わりだったかに。フィリップ・クーテフという人がクラシックの素養でもって再構成した音楽のことです。もちろんその人もブルガリアの人だったわけだが。
人が生活のなかで歌っていた音楽の髄の部分。それは、その風土のなかで生きている人にしか意味がない。その風土のなかでしか生きられない。聞く人が感銘を受けるのは勝手だけれど、それはあくまで、違う文化、違う社会のなかで自分を形成してきた人が描いた勝手なイメージでしかない。
勝手なイメージなら、あくまで自分の力で再構成しなければ意味がない。
そんなようなことを思った。
記憶は潤色される。
俺はごく最近、自分の故郷である函館に行って、自分が子供時代を過ごした団地を見てきた。確かにそこは、当時俺が暮らしていたときとなにも変わらなかった。
けれど、自分の記憶と照合できない。
景色そのものとしては重なっても、それでもこれは俺の知っている場所ではない。
人は、経験して、記憶を積み重ねて生きる。その人の目に映る世界はその人だけのものだ。人間の数だけ世界はある。無数の人が見る「世界」。それを俺は知りたい。宗教にせよ歴史にせよ、俺が興味を持つのは、そこに俺が見ているのと異質の「世界」があるからだ。
確固たる真実としての「現実」があるかどうか俺は知らない。俺は哲学向きの人間ではないので「それはたぶんあるんだろう」くらいにしか思わない。現にそれで不自由なくみんな生活してるわけだし。そのへんは興味ない。ただ、ひとたびそれが人間に経験されると、その世界はその人のものとなる。この世には無数の「ある個人によって経験された世界=記憶」がある。俺はそんな状態がとても好きだ。いっそ、この世界は膨大な記憶のうえに成立した架空だと言いたいくらいには。
てな理屈はともかく、記憶は潤色される。美しくも、醜くも。別におおげさな理屈を動員するまでもない。俺が名雪にひかれるのは、たぶん祐一と再会するまでの空白の数年間があったからだ。そのなかで名雪の記憶がどのように降り重なっていったのか。それがたまらなく萌えなわけですが。あと時間の流れな。時間の流れ萌えー。名雪がほんの幼い子供だった状態から、季節の移り変わりとともに成長し、第二次性徴を迎え(さいてえ)、生理痛にいらいらし(だから最低だと言っておろう。てゆうか名雪さりげに生理重そうなんですが……)、まあそれはともかく、冬が来て、春が来て、四季が移ろっていく。その季節のなかのあらゆる名雪が愛しい。いろいろな小説で飽きもせずに描かれるような、そんな日常のなかの些細な決定的一瞬。それらをすべて写真にとってアルバムにおさめる。そのアルバムを眺めて過去を愛おしむような気持ちで名雪が愛しい。
こんな感情を持ちがちな人が娘欲しいとか思うんですな。よつばとだと、露骨に親子なんでちょっとアレなんですが。
まあ、そんな気分のいまでした。
名雪は中学校の真新しい制服に身を包む。
春休みだけれど、その制服を着て、外に出てみる。
桜が咲くにはまだ早い、北の街の冷たい空気。けれど、空は、春の訪れをまちがいなく告げる青空。
新しい、なんか、全部が新しい。
名雪はそう感じる。わくわくした感じのなかに、なぜか少しだけ混じるさびしさのようなもの。不安のようなもの。
自分が新しい自分に変わっていく。そのことへの期待。
そして、幸福な時間を過去に置き去りにしたまま成長していく自分の肉体。
すべて時間という名の見えない流れに乗っている。
すべて変わっていく。
すべて新しくなる。すべて古くなる。
冷たい北風に、不安定な心を晒している12歳の名雪の、その姿。
俺はもう、その名雪のそばには行けないけれど。
それでも願わくば。
名雪がいつも正しい道を歩んでいけますように。冷たい雨に打たれませんように。暗い窓辺で悲しい景色を見つめることがありませんように。
ちなみに、そんなふうに悲しみにうちひしがれている名雪の姿がまた萌えだというこの矛盾はどうしたらいいんでしょう。
さあ。おうちに帰ろう。
仕事が終わりました。
今日はひさしぶりに時間に余裕があるので、なんか文章を書いてから帰ることにします。
「魔探偵ロキ」なんか購入。本屋にいっぱい並んでたから。そんだけ。すっかりハヤリモノにも疎くなってるからねえ。なんとなく表紙に目をひかれた。しいていえばそれが購入理由。おもしろいかどうかはまだ読んでないから知らない。
どうも仕事がやけに忙しく、しかもかなり本気にならなければどうにもならない状況のため、かなり神経がささくれ立っているもよう。こうなると現実しか見えない。さっきまではまちがいなく夢の世界に立っていたのが、あとで思い出そうとすると、あとかたもなく消えている。
現実とフィクションをきっぱり分けようとする俺の精神の構造は昔から変わらない。なんか一種の二重人格みたいだ、現実をみている俺は夢をみることを知らず、夢をみている俺は、現実をみることを決してしない。ほんとはこれが融合されてより高次の人格みたいなのになったとき、俺という人間は完成するのかもしれんけど、そうなったら、なんかいろいろなものが終わりそうな気がする。
なんか寝てた。
妄想と夢の中間のような景色を見ていた。
いつか写真で見た、宮古島の景色のなかを歩いていた。さとうきび畑のなかをうねるように続く白っぽい土の道のうえを、なにかを探しながら歩いている。太陽が強烈に照りつけ道を焼く。そして俺をも焼く。
その風景を俺は俯瞰していた。
いや、単にそれだけ。
なんか沖縄が好きなんです。行ったこともないし、飛行機は苦手だし、船もあまり長時間乗っているとえらい気持ち悪くなるので、沖縄に行くことが難しい。
馬鹿みたいに青い空と、海。三線の音。ノロ。御獄。
そんなありきたりのイメージで俺のなかの沖縄像はできあがっている。たぶん、実際に行って確かめることはない、そのイメージを俺は愛する。
だらだらと書き続けます。
昔「PSY・S」というユニットがありまして、その片割れの松浦雅也という人が書いていたエッセイのなかで、いまでも俺の記憶に残っている言葉がある。
その文章が書かれた当時「ブルガリアン・ヴォイス」と呼ばれていた音楽がたいそう流行だった。ポップス畑の人でもその複雑な和音やリズムを要素として取り入れる人がけっこう多かったんですが、それに関して、松浦雅也はこう言っていた。
「実際にブルガリアン・ヴォイスと共演した作品の多くは、ほとんど失敗に終わっている。純粋に自分のイマジネーションのなかで、ブルガリアン・ヴォイスというものを捉えて、自分の作品のなかで再構築した人の作品こそが素晴らしい」
たぶん大意はあってると思います。
で俺は、ああ、なるほど、と思った。
ブルガリアン・ヴォイスというのは、もともとはブルガリアの農民が歌っていた民謡で、それを19世紀の終わりだったかに。フィリップ・クーテフという人がクラシックの素養でもって再構成した音楽のことです。もちろんその人もブルガリアの人だったわけだが。
人が生活のなかで歌っていた音楽の髄の部分。それは、その風土のなかで生きている人にしか意味がない。その風土のなかでしか生きられない。聞く人が感銘を受けるのは勝手だけれど、それはあくまで、違う文化、違う社会のなかで自分を形成してきた人が描いた勝手なイメージでしかない。
勝手なイメージなら、あくまで自分の力で再構成しなければ意味がない。
そんなようなことを思った。
記憶は潤色される。
俺はごく最近、自分の故郷である函館に行って、自分が子供時代を過ごした団地を見てきた。確かにそこは、当時俺が暮らしていたときとなにも変わらなかった。
けれど、自分の記憶と照合できない。
景色そのものとしては重なっても、それでもこれは俺の知っている場所ではない。
人は、経験して、記憶を積み重ねて生きる。その人の目に映る世界はその人だけのものだ。人間の数だけ世界はある。無数の人が見る「世界」。それを俺は知りたい。宗教にせよ歴史にせよ、俺が興味を持つのは、そこに俺が見ているのと異質の「世界」があるからだ。
確固たる真実としての「現実」があるかどうか俺は知らない。俺は哲学向きの人間ではないので「それはたぶんあるんだろう」くらいにしか思わない。現にそれで不自由なくみんな生活してるわけだし。そのへんは興味ない。ただ、ひとたびそれが人間に経験されると、その世界はその人のものとなる。この世には無数の「ある個人によって経験された世界=記憶」がある。俺はそんな状態がとても好きだ。いっそ、この世界は膨大な記憶のうえに成立した架空だと言いたいくらいには。
てな理屈はともかく、記憶は潤色される。美しくも、醜くも。別におおげさな理屈を動員するまでもない。俺が名雪にひかれるのは、たぶん祐一と再会するまでの空白の数年間があったからだ。そのなかで名雪の記憶がどのように降り重なっていったのか。それがたまらなく萌えなわけですが。あと時間の流れな。時間の流れ萌えー。名雪がほんの幼い子供だった状態から、季節の移り変わりとともに成長し、第二次性徴を迎え(さいてえ)、生理痛にいらいらし(だから最低だと言っておろう。てゆうか名雪さりげに生理重そうなんですが……)、まあそれはともかく、冬が来て、春が来て、四季が移ろっていく。その季節のなかのあらゆる名雪が愛しい。いろいろな小説で飽きもせずに描かれるような、そんな日常のなかの些細な決定的一瞬。それらをすべて写真にとってアルバムにおさめる。そのアルバムを眺めて過去を愛おしむような気持ちで名雪が愛しい。
こんな感情を持ちがちな人が娘欲しいとか思うんですな。よつばとだと、露骨に親子なんでちょっとアレなんですが。
まあ、そんな気分のいまでした。
名雪は中学校の真新しい制服に身を包む。
春休みだけれど、その制服を着て、外に出てみる。
桜が咲くにはまだ早い、北の街の冷たい空気。けれど、空は、春の訪れをまちがいなく告げる青空。
新しい、なんか、全部が新しい。
名雪はそう感じる。わくわくした感じのなかに、なぜか少しだけ混じるさびしさのようなもの。不安のようなもの。
自分が新しい自分に変わっていく。そのことへの期待。
そして、幸福な時間を過去に置き去りにしたまま成長していく自分の肉体。
すべて時間という名の見えない流れに乗っている。
すべて変わっていく。
すべて新しくなる。すべて古くなる。
冷たい北風に、不安定な心を晒している12歳の名雪の、その姿。
俺はもう、その名雪のそばには行けないけれど。
それでも願わくば。
名雪がいつも正しい道を歩んでいけますように。冷たい雨に打たれませんように。暗い窓辺で悲しい景色を見つめることがありませんように。
ちなみに、そんなふうに悲しみにうちひしがれている名雪の姿がまた萌えだというこの矛盾はどうしたらいいんでしょう。
さあ。おうちに帰ろう。
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